Xperiaのカメラから… 50日報告
世の中GWですが、どうも消費する気すらしません。
なんかスッしないのです。気持ちが。
震災で微妙に傾いた我が家に居るせいで、
カラダのバランスが崩れているからかもしれません。
ここで一気に要らないものを処分しています。
ほんとうなら震災から今までの体験を残して時間でも使おうかと思ったのですが、
昨年末に導入したスマートフォンの写真を整理してつっこみを入れようかと。
あくまで、携帯(Sony Xperia SO-01Bにあった写真を並べています。)
Xperiaの画質や、現在の仙台市内の状況をお伝えする参考になればと思います。
富士山、年始に会社のみんなと湯河原に行った時のスナップ。
小さいけど富士山。
新幹線の車窓以外の富士山は初めてかも。
仙台港アウトレット 観覧車より。1月下旬。
ここも震災の津波でダウンしています。
6月下旬を目処に再開準備中だそうです。
アウトレットから車で5分程度の地域。多賀城市。
津波の影響は建物は流されていないが、
車が流されている状況で1か月後でこの有様。
各家では流れてきたヘドロを取り除き、
ドロドロになった着替えを洗濯していた。
500m先の坂の上は天国。
坂を下るとそこは戦場。自衛隊が野営をし、
新車が街を壊している。
物珍しさだけでシャッターを切る気にもならず。
燃えた我が家。(別室ですが)
家も仕事も失った人の事を考えると、
逆側の部屋が震災で火災になったことなど。
死者が出なかったことは幸い。
しかし、無人の部屋からの火災。
原因は地震の揺れで植木が倒れ、
暖房器具にスイッチが入ったらしいとのこと。
ウチは無事です。
隣の部屋の下の柱が数㎝沈下しています。
地盤が南に沈下しながら動いた為との見解。
分譲なのでこれから修繕に向けて動きます。
沿岸は津波の影響で多大なるダメージを受けた
我が宮城県ではありますが、
私のような都市部の被災者は
かなり多く存在していると思われます。
PC周りの様子:22インチのブラウン管テレビが前転し、
複合プリンターがバックドロップしてきました。
耐震グッズが手に入らない為、
余震の影響で1カ月後に全く同じ目に遭いました。
ベランダから直下を望む。
アスファルトが盛り上がってきています。
この部分が地盤が動いた為、建物にひずみが出来ている。
車を頻繁に使うということはしなかったので、
困窮はしませんでしたが、
ガソリン渋滞には並びたくなかった。
結局、数日後並びました。
部屋の窓から見えるスタンドがあったせいで、
2時間で何とか給油。
近くのシャッター商店街も「危険」の判定が出た建物が
少しずつ取り壊しが始まりました。
向かいの駐車場のとなりのかなり古いアパートも危険だそうで
進入禁止のテープが貼られました。
余震の問題もありますので日々ストレスです。
2度目の余震の直後、近くで撮影すれば良かったのですが、
最近多いこの1階が駐車場の家電店の崩壊度合いが
周辺の状況と比べてすごかった。
これはK電気さんですが、Y電機さんもかなりひどい。
地震の時はこのつくりの家電量販店はヤバいです。
そんな中でも大袈裟ではない絆が多く生まれた気がします。
家族の絆。
ウチ、泉中央で暮らす弟の家族もマンションに住んでいます。
こんな時はやはり、地盤のしっかりした実家に避難して、
9人で約2週間を共にしました。
いろいろな助け合いのアイディアを出し合い、
人を気遣うことを学びました。
70歳を過ぎる私の父親ですが、
ガスが無い中、遊びが少ないなか子供のストレスを解消するために
庭でたき火をし、芋煮を作りました。
友人・同僚の絆。
こんなときに誰かに気遣って貰うことが一番の薬かもしれません。
会社の同僚からの温かい電話での励まし、
後は他で取り返すからとの言葉。なにもかもが嬉しかった。
もちろん、困っていること、足りないものが無いか友人にも、
連絡を取り合いました。
普段の生活ならあり得ないでしょうが、
生活水の常時出る場所や、湧水の情報も貴重でした。
金・カネの世の中ではありますが、
カネを出しても買えない状況では、物資を送ってもらったり、
わざわざ遠方から届けてくれたことに本当に感謝です。
平和な世の中ですが、パンを買うためにこの行列です。
行列ははるか遠くまで延々。
余談ですが、こんなこともしてました。
カップラーメンのおいしい食べ方が発見される
http://getnews.jp/archives/110084
衣食住はやっぱり大切です。
なんかスッしないのです。気持ちが。
震災で微妙に傾いた我が家に居るせいで、
カラダのバランスが崩れているからかもしれません。
ここで一気に要らないものを処分しています。
ほんとうなら震災から今までの体験を残して時間でも使おうかと思ったのですが、
昨年末に導入したスマートフォンの写真を整理してつっこみを入れようかと。
あくまで、携帯(Sony Xperia SO-01Bにあった写真を並べています。)
Xperiaの画質や、現在の仙台市内の状況をお伝えする参考になればと思います。
富士山、年始に会社のみんなと湯河原に行った時のスナップ。
小さいけど富士山。
新幹線の車窓以外の富士山は初めてかも。
仙台港アウトレット 観覧車より。1月下旬。
ここも震災の津波でダウンしています。
6月下旬を目処に再開準備中だそうです。
アウトレットから車で5分程度の地域。多賀城市。
津波の影響は建物は流されていないが、
車が流されている状況で1か月後でこの有様。
各家では流れてきたヘドロを取り除き、
ドロドロになった着替えを洗濯していた。
500m先の坂の上は天国。
坂を下るとそこは戦場。自衛隊が野営をし、
新車が街を壊している。
物珍しさだけでシャッターを切る気にもならず。
燃えた我が家。(別室ですが)
家も仕事も失った人の事を考えると、
逆側の部屋が震災で火災になったことなど。
死者が出なかったことは幸い。
しかし、無人の部屋からの火災。
原因は地震の揺れで植木が倒れ、
暖房器具にスイッチが入ったらしいとのこと。
ウチは無事です。
隣の部屋の下の柱が数㎝沈下しています。
地盤が南に沈下しながら動いた為との見解。
分譲なのでこれから修繕に向けて動きます。
沿岸は津波の影響で多大なるダメージを受けた
我が宮城県ではありますが、
私のような都市部の被災者は
かなり多く存在していると思われます。
PC周りの様子:22インチのブラウン管テレビが前転し、
複合プリンターがバックドロップしてきました。
耐震グッズが手に入らない為、
余震の影響で1カ月後に全く同じ目に遭いました。
ベランダから直下を望む。
アスファルトが盛り上がってきています。
この部分が地盤が動いた為、建物にひずみが出来ている。
車を頻繁に使うということはしなかったので、
困窮はしませんでしたが、
ガソリン渋滞には並びたくなかった。
結局、数日後並びました。
部屋の窓から見えるスタンドがあったせいで、
2時間で何とか給油。
近くのシャッター商店街も「危険」の判定が出た建物が
少しずつ取り壊しが始まりました。
向かいの駐車場のとなりのかなり古いアパートも危険だそうで
進入禁止のテープが貼られました。
余震の問題もありますので日々ストレスです。
2度目の余震の直後、近くで撮影すれば良かったのですが、
最近多いこの1階が駐車場の家電店の崩壊度合いが
周辺の状況と比べてすごかった。
これはK電気さんですが、Y電機さんもかなりひどい。
地震の時はこのつくりの家電量販店はヤバいです。
そんな中でも大袈裟ではない絆が多く生まれた気がします。
家族の絆。
ウチ、泉中央で暮らす弟の家族もマンションに住んでいます。
こんな時はやはり、地盤のしっかりした実家に避難して、
9人で約2週間を共にしました。
いろいろな助け合いのアイディアを出し合い、
人を気遣うことを学びました。
70歳を過ぎる私の父親ですが、
ガスが無い中、遊びが少ないなか子供のストレスを解消するために
庭でたき火をし、芋煮を作りました。
友人・同僚の絆。
こんなときに誰かに気遣って貰うことが一番の薬かもしれません。
会社の同僚からの温かい電話での励まし、
後は他で取り返すからとの言葉。なにもかもが嬉しかった。
もちろん、困っていること、足りないものが無いか友人にも、
連絡を取り合いました。
普段の生活ならあり得ないでしょうが、
生活水の常時出る場所や、湧水の情報も貴重でした。
金・カネの世の中ではありますが、
カネを出しても買えない状況では、物資を送ってもらったり、
わざわざ遠方から届けてくれたことに本当に感謝です。
平和な世の中ですが、パンを買うためにこの行列です。
行列ははるか遠くまで延々。
余談ですが、こんなこともしてました。
カップラーメンのおいしい食べ方が発見される
http://getnews.jp/archives/110084
衣食住はやっぱり大切です。
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